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2012年12月22日土曜日

アジアの世紀

今年の10月28日に、オーストラリアのギラード首相が「アジアの世紀におけるオーストラリア白書」を発表しました。ブルース・ミラー駐日大使も、10月28日と12月20日にTwitterでそのことについてつぶやいています。この間、エグゼクティブ・サマリー日本語訳はずっとなかったのですが、ようやく完成したようです。10月28日に発表されてから、実に2ヶ月近くが経っています。

この白書は日本語以外に、中国語、ヒンディー語、インドネシア語、韓国語、ベトナム語に訳されていますが、日本語訳だけが「後日発表」になっていました。その背景についてはよくわかりませんが、きっと何かトラブルがあったのでしょう。


実は、この翻訳については、中国語訳の問題点がシドニーのタブロイド紙「The Daily Telegraph」の日曜版ですっぱ抜かれています。例えば、「highly skilled workforce」が「技艺精湛的劳动大军」と訳されています。直訳すると、「技術に詳しい労働大軍」でしょうか。記者は「workforce」を「労働大軍」と訳していることを批判しているのですが、中国語にはこういう言い方がないわけではないようです。Googleでも26万件ヒットするので、あながち間違いであるとは言えないのでしょう。台湾では普通こういう言い方はしないので、微妙なニュアンスは分かりませんが、直訳的な響きがするのか、古臭い感じがするかのどちらかだと思います。通常は日本語と同じく「劳动力」という言葉を使います。劳动力」で検索すると3600万件もヒットします。ヒット件数は「劳动大军」の100倍以上です。ちなみに、この部分の日本語訳は、「熟練度の高い労働力」になっています。


もう1点指摘されていたのは「world-beating actions」が「举世唯一的行动」(直訳すると、「世界で唯一の行動」)と訳されているという点です。日本語版では「ずば抜けた行動」と訳されています。ここでは世界金融危機の後のオーストラリア政府の対応について話しているので、確かにこれを「世界で唯一」と訳してしまうのには問題があります。実際のところ、リーマン・ショック後のオーストラリアの景気対策が約500億ドル(約5兆円)だったのに対し、中国はその10倍の4兆元(約50兆円)の財政出動を行なっています。欧米や日本も同様の景気対策を行なっています。どう考えても「世界で唯一」の行動ではないでしょう。


記者は、中国人留学生のコメントとして、機械翻訳を使っているのではないかと示唆しているのですが、私はそういう印象は受けませんでした。単に翻訳が下手なだけなのだと思います。ちなみに、Google Translateを使ってみたところ、「We have strong, world-leading institutions, a multicultural and highly skilled workforce」は、中国語が「我们有强大的,世界领先的机构,多元文化和高度熟练的劳动力」、日本語が「我々は、強力な、世界をリードする機関、文化と高度に熟練した労働力を持っている」と訳されました。日本語は multiculturalの部分がおかしくなっていますが、中国語はなかなかよく訳されていると思います。少なくとも政府のウェブサイトの訳よりは上手です。もう1つの「Australia's world-beating actions to avoid the worst impacts of the Global Financial Crisis」は、中国語が「澳大利亚的世界一流的行动,以避免全球金融危机的严重冲击」、日本語が「世界金融危機の最悪の影響を回避するために、オーストラリアの世界一のアクション」でした。どちらも少し変ですが、手直しすれば使えそうです。


アジアの世紀と言われる21世紀には、日本語も含め、アジア言語の翻訳の需要が今まで以上に高くなることでしょう。需要が急増する中、経験も知識も不足している「労働大軍」に翻訳の仕事が任せられれば、全体的な質の低下は避けられません。そんな中、Google Translateよりも質の低い翻訳者は、そのうち機械に淘汰されていってしまうのではないでしょうか。機械翻訳は急速に進化しています。たかが機械と侮っていて、自分の表現力の向上を怠っていると、いつの日か機械に追い越されてしまうことでしょう。いや、もう追い越されてしまっている人も少なからずいるのかもしれません。


追記:

このブログを読んだ翻訳者の友人から教えていただいたのですが、日本語版の図1に「2025年までのアジアの野地雷」と書かれています。原文は「The Future of Asia to 2025」です。2ヶ月もかけて準備した政府の公式訳にしては、品質管理がお粗末ですね。

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