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2012年12月31日月曜日

2012年を振り返って

2012年もいよいよ最後の日となりました。今年の10大国際ニュースをあげるとしたら、尖閣諸島国有化とその後の中国における反日デモをあげる人も多いのではないかと思います。

当の中国では、国営通信社、新華社が選んだ今年の10大国際ニュースのトップとして、米国が国防戦略をアジアにシフトしたことをあげています。オバマ大統領は、1月5日に、新国防戦略「全世界における米国のリーダシップの堅持-21世紀の国防戦略の優先事項(Sustaining U.S. Global I Leadership: Priorities for 21st Century Defense)」を発表し、6月2日には、シンガポールで開かれていたアジア安全保障会議で、パネッタ国防長官が、アジア太平洋地域での米軍のプレゼンス拡大のため、太平洋と大西洋にほぼ50対50の割合で展開する米海軍艦船の割合を、2020年までに60対40に変更する方針を示しました。


米国のこうした一連の方針は、実は今年に入って新しく出されたものではありません。2011年11月にオバマ大統領が豪州を訪問した際に、ギラード首相との会談で、豪州北部のダーウィンの空軍基地に新たに米海兵隊を駐留させることで合意し、その翌日には、キャンベラの豪州連邦議会において、今後の安保政策でアジア太平洋地域を最優先すると宣言しており、その延長線上にあるものです。


それでも敢えて中国の国営通信社がこのニュースをトップに選んだのは、米国の国防戦略が彼らにとっていかに重要であるかを物語っています。それに比べれば、尖閣問題などは、彼らにとってはちっぽけで些細な問題でしかないのでしょう。この10大ニュースの1~10というのは、時系列に沿ってあげているだけであり、順位ではないそうです。ちなみに尖閣問題は9月に起こった事件として6番目に入っていますが、ことの発端になった石原知事の地権者からの購入方針発表日である4月16日まで遡れば、4番目にもってくることも可能であり、さらに石垣市議ら4人が上陸した1月3日まで遡れば、トップにもってくることもできます。


中国に進出中の日本企業は、今年の中国での反日デモに大きく振り回され、巨額の損失を被りました。中国から日本への観光客も激減しています。また、中国からの撤退を検討し、東南アジアやインドなどへ拠点を移そうとしている日本の会社も増えているようです。中国での人件費の高騰も、その動きに拍車をかけています。中国は、その賃金の安さから世界の工場として長い間君臨してきましたが、中国政府は、さらに国際的な競争力をつけるため、付加価値の高い製品の生産と輸出へと経済をシフトさせる方針でいます。賃金が上がったということは、中国人がより豊かになり、市場としての魅力が増していくことも意味します。言い換えれば、世界経済における中国の存在価値が大きく変わろうとしているのです。


2012年は、日米中の3国の力のバランスが大きく変わった年といえるのではないでしょうか。この流れはもう変えることできません。その事実を冷静に受けとめ、米国と中国という2つのスーパーパワーとの今後のつきあい方を考えていく必要があります。これを危機ととらえるのか、逆にチャンスととらえるかによって、日本の未来は大きく変わっていくのではないでしょうか。

2012年12月22日土曜日

アジアの世紀

今年の10月28日に、オーストラリアのギラード首相が「アジアの世紀におけるオーストラリア白書」を発表しました。ブルース・ミラー駐日大使も、10月28日と12月20日にTwitterでそのことについてつぶやいています。この間、エグゼクティブ・サマリー日本語訳はずっとなかったのですが、ようやく完成したようです。10月28日に発表されてから、実に2ヶ月近くが経っています。

この白書は日本語以外に、中国語、ヒンディー語、インドネシア語、韓国語、ベトナム語に訳されていますが、日本語訳だけが「後日発表」になっていました。その背景についてはよくわかりませんが、きっと何かトラブルがあったのでしょう。


実は、この翻訳については、中国語訳の問題点がシドニーのタブロイド紙「The Daily Telegraph」の日曜版ですっぱ抜かれています。例えば、「highly skilled workforce」が「技艺精湛的劳动大军」と訳されています。直訳すると、「技術に詳しい労働大軍」でしょうか。記者は「workforce」を「労働大軍」と訳していることを批判しているのですが、中国語にはこういう言い方がないわけではないようです。Googleでも26万件ヒットするので、あながち間違いであるとは言えないのでしょう。台湾では普通こういう言い方はしないので、微妙なニュアンスは分かりませんが、直訳的な響きがするのか、古臭い感じがするかのどちらかだと思います。通常は日本語と同じく「劳动力」という言葉を使います。劳动力」で検索すると3600万件もヒットします。ヒット件数は「劳动大军」の100倍以上です。ちなみに、この部分の日本語訳は、「熟練度の高い労働力」になっています。


もう1点指摘されていたのは「world-beating actions」が「举世唯一的行动」(直訳すると、「世界で唯一の行動」)と訳されているという点です。日本語版では「ずば抜けた行動」と訳されています。ここでは世界金融危機の後のオーストラリア政府の対応について話しているので、確かにこれを「世界で唯一」と訳してしまうのには問題があります。実際のところ、リーマン・ショック後のオーストラリアの景気対策が約500億ドル(約5兆円)だったのに対し、中国はその10倍の4兆元(約50兆円)の財政出動を行なっています。欧米や日本も同様の景気対策を行なっています。どう考えても「世界で唯一」の行動ではないでしょう。


記者は、中国人留学生のコメントとして、機械翻訳を使っているのではないかと示唆しているのですが、私はそういう印象は受けませんでした。単に翻訳が下手なだけなのだと思います。ちなみに、Google Translateを使ってみたところ、「We have strong, world-leading institutions, a multicultural and highly skilled workforce」は、中国語が「我们有强大的,世界领先的机构,多元文化和高度熟练的劳动力」、日本語が「我々は、強力な、世界をリードする機関、文化と高度に熟練した労働力を持っている」と訳されました。日本語は multiculturalの部分がおかしくなっていますが、中国語はなかなかよく訳されていると思います。少なくとも政府のウェブサイトの訳よりは上手です。もう1つの「Australia's world-beating actions to avoid the worst impacts of the Global Financial Crisis」は、中国語が「澳大利亚的世界一流的行动,以避免全球金融危机的严重冲击」、日本語が「世界金融危機の最悪の影響を回避するために、オーストラリアの世界一のアクション」でした。どちらも少し変ですが、手直しすれば使えそうです。


アジアの世紀と言われる21世紀には、日本語も含め、アジア言語の翻訳の需要が今まで以上に高くなることでしょう。需要が急増する中、経験も知識も不足している「労働大軍」に翻訳の仕事が任せられれば、全体的な質の低下は避けられません。そんな中、Google Translateよりも質の低い翻訳者は、そのうち機械に淘汰されていってしまうのではないでしょうか。機械翻訳は急速に進化しています。たかが機械と侮っていて、自分の表現力の向上を怠っていると、いつの日か機械に追い越されてしまうことでしょう。いや、もう追い越されてしまっている人も少なからずいるのかもしれません。


追記:

このブログを読んだ翻訳者の友人から教えていただいたのですが、日本語版の図1に「2025年までのアジアの野地雷」と書かれています。原文は「The Future of Asia to 2025」です。2ヶ月もかけて準備した政府の公式訳にしては、品質管理がお粗末ですね。

2012年12月17日月曜日

【セミナー告知】グローバル化からグローカル化へ~多言語翻訳の現状と今後の動向

2013年最初の日本翻訳者協会東京月例セミナーでは、日本語、英語、そしてさらにもう1つの言語(スペイン語、ドイツ語、中国語)の間での翻訳を行なっている3人の翻訳者をパネリストとして迎え、多言語翻訳のおかれている現状について意見を交換し、グローバル化が進む翻訳業界の今後に関して、日英・英日の動向も含め、今後の活路について幅広くディスカッションします。

パネリスト:
姫野幸司(日・英・西)

楠カトリン(独・日・英)
孫璐(中・日・英)

司会進行:
丸岡英明(日・中・英)

http://jat.org/ja/events/show/from_globalization_to_glocalization

皆様、お誘い合わせの上ご参加ください。

開催日:2013年1月12日(土)
時間:14:00~17:00
開場・受付開始:13:30;開演:14:00(時間厳守)
会場:フォーラムエイト
所在地:東京都渋谷区道玄坂2-10-17(渋谷駅徒歩5分)
電話番号:03-3780-0008
参加費:JAT会員⊸無料 / 非会員⊸1,000円(事前
の参加申し込みは不要)
交流会:5時15分から (交流会も事前の参加申し込みは不要。当日セミナーの受付にてお申込みください。)
交流会場所:ジ・オールゲイト
交流会参加費用: 2,000円 (飲み物別料金)

2012年12月13日木曜日

翻訳・通訳業界に資格試験制度は必要なのか?

オーストラリアには、政府による翻訳と通訳の資格があります。資格認定は、National Accreditation Authority for Translators and Interpreters(NAATI)という機関が行なっています。

NAATIは、多文化政策の一環として1977年に連邦政府の移民省内に設立されましたが、その後、州からの出資も受けて再編されました。

原則として、連邦および州政府に提出する外国語の証明書類は、NAATIの認定資格を有する翻訳者が翻訳することが求められます。例えば、出生証明書や免許証などです。また、通訳についても、裁判所や病院は、原則として、NAATIの認定資格を有する通訳者を手配することになっています。これは、先住民や移民など、英語を得意としない人でも、政府から同等のサービスが受けられることを保証するためです。

国レベルでこのような制度をもっている国は非常に珍しく、ほとんどの国では、米国のATAや英国のITIなど、業界団体が資格認定試験を行なっているのではないかと思います。米国では州レベルで司法通訳者の資格認定制度があり、ドイツでも、各州で翻訳・通訳の資格試験が実施されているようです。日本にも、日本翻訳連盟(JTF)のほんやく検定、日本翻訳協会(JTA)の翻訳専門職資格試験など数多くの翻訳の資格試験がありますが、資格の有無によって可能となる仕事の内容が左右される性質のものではありません。通訳についても同様だと思います。

翻訳・通訳の資格認定制度の例として、日本でもNAATIが取りあげられることがよくありますが、NAATIも多くの問題をかかえています。

1つは、試験制度自体の問題です。標準的なProfessional Translatorの試験では、3時間の試験を受験するのですが、1回の試験の結果だけで資格を与えることに、どこまで意味があるのかという指摘があります。また、採点者も同レベルのProfessional Translatorが担当しており、その適性が疑われています。また、採点者の評価をどのように行っているのか、採点結果を第三者が客観的にチェックしているのかなど、不透明な部分があります。

また、今年の7月から更新(Revalidation)の制度が始まったのですが、3年に1度更新の手続きを行うこの制度は、2007年以前に資格を取得した人は対象にはならず、今後は無期限の資格をもつ翻訳者・通訳者と、3年ごとに更新が必要になる翻訳者・通訳者が。同じ制度の中に混在することになります。本来、翻訳・通訳の質を維持・向上させるために始まった制度なのですが、厳しく管理される人と、なんの管理も受けない人とが同じ資格を持ち続けることになるため、混乱を招いています。

12月1日~3日にシドニーで行われたAUSITのカンファレンスでは、NSW大学のサンドラ・ヘール教授により、NAATI試験の改革に関する提案について、報告が行われました。NAATIの制度は、試験だけでなく、研修や実習を重視したものに切り替えていくべきであるというのが、報告の骨子になっています。実は、NAATIの資格を新たに取得した人のうち、7割は大学などの翻訳・通訳コースの卒業試験の結果によって認定を受けています。残りの3割のみが試験だけで資格を取得しているので、この人たちに対して、これまでの実務経験などを加味しながら、研修の場を提供していく必要があります。

また、Professional Translator/Interpreterの試験は一般的な内容の試験なので、それ以外に、司法(法律)、医療(医薬)などのより専門的な内容の試験をモジュール的に行なっていく必要もあります。実は、Professional Translatorより1つ上のAdvanced Translatorの試験では、そういった内容の試験も行われているのですが、必須問題も含めて3つの分野ですべて合格点を取る必要があるため、合格が非常に難しい試験になってしまっています。通訳については、1つ上の資格はConference Interpreterになるので、司法や医療などのコミュニティ通訳のニーズには合っていません。 

いろいろと問題点が指摘されているNAATIの制度ですが、私は政府による公認試験があった方が、ないよりはよいのではないかと思っています。完璧な資格試験制度を作り上げるのは難しいでしょうが、少なくとも敷居を設けることにより、翻訳や通訳に誰でもすぐに参入できるものではなくなっており、オーストラリア国内において、最低レベルの品質は保てているのではないかと思います。もちろん、1回の試験のみで認定を受けているので、実際には有資格者のスキルにはムラがあります。

日本でも、トライアルはよかったのに実際に仕事をさせたら酷くて使い物にならなかったなどという話をよく聞きますが、それと同様に、NAATIの資格を持っているからといって、必ずしもいい仕事をするとは限らないことも事実です。それでも、この制度があることによって、翻訳者・通訳者の職業意識が高くなり、(もちろん例外はあるでしょうが)質の面でもある程度は保証されているのではないかと思っています。

翻訳・通訳業界でもグローバル化が進んでおり、また資源ブームによるオーストラリア・ドル高の影響もあって、産業翻訳については、オーストラリア国内の仕事がどんどん海外に流れています。結局、NAATIの資格が必要になるのは、翻訳で言えば証明書や免許証、裁判関連の書類、通訳で言えば司法と医療のみとなってしまっているのかもしれません。1つの国だけで(しかも問題点の多い)資格試験制度を維持していても、あまり意味はないのでしょう。

本来は、世界的に調和を行い、世界共通の資格試験を導入するのが理想なのでしょうが、その場合、これまですでに豊富な実務経験を有する人はどのように扱うのか、すでに資格を有している人のレベルをどのように共通化していくのかなど、多くの課題があります。現在すでに資格なしで実務を行なっている人たちが、自ら進んで資格を取ろうとするとは思えません。

35年という長い年月をかけて構築されてきたNAATIの制度は、確かに問題点は数多くありますが、まだまだ存在価値はあると思います。今後も改善を重ねていくことにより、日本を含む他の国にとっても手本とできるようなものとなり、オーストラリアだけでなく、世界の翻訳・通訳業界の健全な発展に役立っていける存在となっていくことを願って止みません。
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2012年12月9日日曜日

We love this profession too much

12月1日~3日にシドニーで開催されたAUSITの25週年記念カンファレンスは、非常に中身が濃く、書きたいことはたくさんあるのですが、オーストラリア特有の事情など、かなり説明を加えないとわかりにくい部分もありますので、詳細についてはオーストラリアの翻訳業界の特殊な事情とあわせて徐々にご紹介することにしたいと思います。まずは、これまでの25年を振り返り、今後の25年間を考えていく上で重要な、国の事情と関係のない、世界共通の問題について書いて行きたいと思います。



3日間に渡るカンファレンスの最終日は、「Twenty five years of building bridges over the language gap: Interviews with witness, movers and shakers within AUSIT」というインタビュー形式のセッションで幕を開けました。過去25年に渡りAUSITに対して大きな貢献をしてきた11人のメンバーに一言ずつ述べてもらうというものです。インタビュアーは、オーストラリアの国営放送、ABCラジオの「Lingua Franca」という番組でパーソナリティーを担当しているMaria Zijlstraです。この番組は、言語をテーマにした非常に興味深い番組で、私もときどき聞いていたのですが、残念ながら今年で終了してしまいます。番組自体はなくなってしまいますが、ABCラジオではLanguageポータルというものを作り、ここから言語に関連する番組や、Lingua Francaの過去の番組にアクセスできるようにするそうです。

このインタビューで印象に残ったのは、AUSITの創設メンバーの一人がおっしゃっていた、「We love this profession too much」という発言でした。翻訳者や通訳者は、言葉というものへの関心が非常に強く、この仕事を職業とすることを誇りに思っており、仕事への情熱がとても強いため、時にそれが裏目に出て、あまり条件がよくない仕事でも受けてしまうことが往々にしてあるというのです。この発言について、他のメンバーも賛同し、翻訳・通訳産業が今後も健全な発展を続けていくには、業界をよりsustainableなものにしていかなければならないという意見も出ました。

日本でも、言葉が好きなので、言葉を生かした仕事がしたいということで、翻訳や通訳の仕事を選択した人が多いと思います。言葉への関心が高く、情熱が強いということは、翻訳や通訳のスキルの向上につながりますので、非常に望ましいことなのですが、それが行き過ぎると、条件やレートなどはどうでも構わないから、とにかく翻訳や通訳の仕事がしたいなどということになりかねません。極端な例はクラウドソーシングで、低賃金または無償で翻訳の作業が行われていますが、その背景にあるのも言葉に対する情熱なのでしょう。

翻訳も通訳も、人と人とをつなぐ仕事なので、困っている人がいればボランティアで仕事をすることがあります。東日本大震災の際には多くのプロの通訳者・翻訳者がボランティアで被災者の援助をしました。私もときどきボランティアで翻訳のお手伝いをすることがあります。

しかし、ボランティアはボランティア、仕事は仕事とはっきりと線引をしなければ、この業界が将来に渡って持続的に発展していくことは難しいと思います。どんな仕事でも、どんな条件でも構わないから、翻訳・通訳ができるのであればなんでもやりますというのでは、日本だけでなく世界的に不況に見舞われる中、悪徳業者にうまく利用されるだけです。

言葉に対して情熱をもつことは、翻訳・通訳の仕事をしていく上で非常に重要であることに間違いはないのですが、その情熱を、レートが安くても我慢するという方向に向けるのではなく、安いレートの仕事に対してはプライドをもって断り、空いた時間を勉強や余暇などに費やして、さらにスキルの向上を目指す努力をすれば、少しずつ状況も改善していくのではないでしょうか。


2012年12月5日水曜日

50年間変わらないもの


25年後の自分というタイトルでRonato Beninattoさんの「The Next 25 Years: Global Trends in the Translating and Interpreting Industry」という講演の内容についてご紹介しましたが、今回もその講演で感じたことについて書きたいと思います。

前回、25年前と現在とでは、翻訳者を取り巻く環境は全く変わっているということを書きましたが、今から25年後の世界での翻訳者の作業環境は、映画「マイノリティー・レポート」のように、こんな感じになっているかもしれません。


Ronaltoさんも、画面は小さいけれども。iPhoneやiPadなどで似たようなことはみんなすでにやっているし、将来はサンバを踊りながら翻訳なんてこともあるかもしれないと笑いをとっていました(Ronaltoさんはブラジル出身です)。

では25年後になっても今と変わらないものは何なのか、Ronaltoさんは、いくらテクノロジーが進化しても、過去25年間で変わらなかったものは、次の2つに集約できるとおっしゃっています。1つは、翻訳の本質である、1つの言語から別の言語への変換という作業。もう1つは優れたカスタマーサービスです。

高品質の翻訳云々を宣伝している翻訳会社やフリーランスの翻訳者は多いですが、Ronaltoさんは、品質を宣伝文句に使うのは無意味とバッサリ切り捨てています。そもそも、品質は相対的なものであり、自分の品質のよさを自分で訴えることは、他人を批判することにつながります。フリーの翻訳者がそれを行うことは、他の同業者を批判することになり、それはタブーです。人間なので、いくら品質に気を配っていても、誰でも必ず間違いは犯します。自分は100%正確で、まったく間違いを犯しませんなどと言い切れる人はいないはずです。だから、品質を自分の売りにするのはやめた方がいいし、自分の品質のよさは、客に言わせるのが一番という論理です。

では客はどのようにして品質を判断するのか。メーカーでは、「後工程はお客様」という言い方をよくします。翻訳でも、納品した後に、チェックなどの「後工程」が入ってくることがよくあります。この後工程で手間がかからなければ、客は高品質だと判断し、仕入れ値が多少高くても、次もまたぜひお願いしたいということになるのだと私は思っています。逆に手間ひまかけて後工程で何度も見直しし、手を加えてようやく使えるようになるものは、トータルで考えると効率が悪く、質の面でも最後まで問題が残ってしまうことが多いのではないでしょうか。

しかも、翻訳業界では、翻訳者よりもチェッカーの方がスキルが低く、持っている知識も少ないという、品質管理においては普通は考えられない状況での作業が通常行われています。また、翻訳自体の質を判断できる客も、それほど多くはありません。客自体が、ソース言語とターゲット言語の両方に精通しているとは限らないからです。

そこで品質以外に自分をアピールできる分かりやすい要素として、カスタマーサービスが重要になってきます。Ronaltoさんは、少なくとも以下の点は行なってほしいとまとめています。

  • 電話がかかってきたら、きちんととって対応する。
  • 納期は守る。
  • 顧客のニーズが何なのか、しっかりと理解する。
  • 疑問点があれば質問する。
  • 自分に間違いがあったときは、素直に認める。
  • 顧客との信頼関係を構築する。

すべて当たり前のことなのですが、この当たり前のことができていない人が意外と多いのかもしれません。特に最後の、顧客との信頼関係を構築するというのは、そう簡単なことではありません。

50年間変わらないものは何なのか、それさえしっかりと認識し、日々新しくなっていくテクノロジーをうまく活用していけば、25年後には、南の島のビーチでカクテルを飲みながら、自分が本当にやりたい仕事だけを選んで引き受け、悠々自適の生活ができるようになっているかもしれません。

2012年12月4日火曜日

25年後の自分

12月1日~3日にシドニーで開催されたAUSIT(豪州通訳者翻訳者協会)の25週年記念カンファレンスに参加してきました。

3日に渡って行われたこのイベントは、業界の今後の動向から、翻訳者、通訳者の育成、試験制度、さらには理論研究など、トピックが通訳・翻訳の様々な分野に及んでいるので、内容を少しずつご紹介していきたいと思います。

カンファレンス全体を通して、レートや条件、試験制度などについての不満の声があちこちで聞かれたのですが、最終日の3日目の全体セッションでの講演の内容が、非常に希望がもてる内容でしたので、まずはこの講演を聴いて感じたことからご紹介します。

最初にこのビデオをご覧ください。


すごいですね。1964年に、アーサー・C・クラークは、50年後の世界のことを非常に的確に予言しています。

チェコに本社がある世界有数の翻訳会社、Moraviaでマーケティングを担当されているRonato Beninattoさんの「The Next 25 Years: Global Trends in the Translating and Interpreting Industry」と題した講演は、このビデオの紹介でスタートしました。このビデオにもあるように、今では東京などの大都市に住んでいなくても、タヒチやバリでも同じ仕事ができます。現在の世の中では、距離はあまり意味をなさず、「通勤」よりも「通信」の方が重要になっていることは、言うまでもありません。このことは、在宅で翻訳をしている人により顕著です。私はオーストラリアに住んでいるのですが、日本との時差が1時間しかないので、電子メールやSkypeなどを使って、距離をまったく意識せずに日本と仕事を行うことができます。インターネットのお陰で、海外にいても日本や世界各地の情報にアクセスすることが可能です。私達は、50年前のSFの世界で毎日生活しているのです。

このようなことを、AUSITが設立された25年前に想像できたでしょうか?当時は、タイプライターやワープロでの作業が中心で、手書きでの納品もまだあったかもしれません。いまだに翻訳の仕上がりを原稿用紙何枚(1枚=400字)で数える翻訳会社があるのは、その名残です。調べ物は、図書館で物理的に資料を探して行う必要がありました。

アーサー・C・クラークが約50年前に予言したこの技術の進歩を最も享受しているのは翻訳者であると言っても過言ではないでしょう。通信の発達により、どこでも仕事ができ、多くの資料をウェブ上で探しだすことができるようになったからです。やり方次第では、南の島のビーチで、海を眺めながら翻訳の作業を行うなどということも夢ではありません。また、コンピュータやインターネットのお陰で、翻訳作業をより効率的かつより正確に行うことができる環境になっています。

テクノロジーの進化によって、翻訳作業に対する報酬が下がっている分野が多いことは確かですが、逆にほとんど影響を受けずに、希少価値が今でも高く評価されている言語の組み合わせや分野も存在しています。あらゆる価格は、需要と供給の関係で決まるのです。翻訳のレートが全体的には下がっているため、今後は、翻訳だけで生活できる人や翻訳を生業にしたいと考える人の数が減っていくのかもしれません。その一方で、翻訳の需要は毎年確実に増え続けています。自分の希少価値が認められれば、自分を高く売り込むことができるチャンスも益々増えていくということです。

翻訳業界では、ここ数年で価格が全体的に下がり、悲観的な話ばかりが聞こえてくるようですが、嘆いてばかりいても何も始まりません。現状をどのように分析し、将来に向けてどのような対策を打っていけばいよいのか?25年後の自分がどうなっているのか?簡単に答えは出ないでしょうが、今後25年に渡る戦略をじっくりと立てていかなければと考えさせられました。